連日の北朝鮮報道に、慣れてしまった自分が怖いです。

北朝鮮の動向が世界の注目を集めています。

連日報道される北朝鮮のミサイルについては、「そのうち東京にも飛んでくるかもしれない」「都心に落ちたら、被害がこれくらいの範囲に及ぶ」などと詳細なデータとともに伝えているメディアもあるくらいです。

そんな報道に日々接しているうちに、ふと昔見た映画「風が吹くとき」を思い出しました。

イギリスの作家によるアニメ映画なのですが、戦争に巻き込まれる善良な老夫婦が、核弾頭の攻撃をシェルターに入って何とか逃れるものの、次第に衰弱していくという物語です。

淡々と夫婦の様子を描く映画なのですが、それがかえって二人の命を残酷に蝕んでゆく放射能の存在を知らしめているような気がして恐ろしかったです。

最後には妻が夫に向かって「あなた、もういい、もういいのよ」と生きる努力を諦めようと促す場面がありますが、子供心に何とも言えない恐ろしさを感じたものでした。

さて、現在の私たちも核の脅威にさらされている状態と言えるわけですが、核シェルターを持てるほどのお金持ちがそうそういるわけもなく、またいたとしても核攻撃後の放射能にまみれた大地生きる術を誰も知らないとあって、いったん核攻撃にさらされたらもはや滅亡しか待っていないというのは誰もが覚悟しているところだと思います。

しかし連日報道されるミサイル情報にも慣れ、日々同じような生活を繰り返すうち、ややもすると北の脅威など忘れてしまいがちになります。

でも、あるとき、立った一発の核で人生が終わることもありうるんだ、ということを、私たちはいつもどこかで覚えておかなければいけないと思います。

子供のころ、戦争や核など自分の人生には無縁のものと言う感覚しかなかったのに、大人になってこんなにも核の脅威を身近に感じることになろうとは思いませんでした。

「風が吹くとき」の老夫婦のように、放射線の正体に気づかず、次第に汚染されて衰弱死・・・なんてことが実際に起きないよう祈ります。